私にとって全く役に立たなかった科目。
前回はちょっとネタチョイスを誤った感が漂いすぎでした。グダグダ気分のまま書ききってしまって申し訳ない。
今回はmixi連動企画?です。本日付のmixiの日記を書いていたら、前フリが余りにも長すぎてどっちが本編か解らなくなったので、思い切って前フリ部分をスッパリ切り取って前後書き足して、コチラに掲載してみました。

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学生時代の勉強は、社会に出てから何の役にも立たない、ってよく言いますね。
私は直接生活の役に立つ機会はなさそうな勉強も、意味はあると思っています。その件を書き出すと長くなるので、別の機会に。

でも私にとって、今に至るまで全く役に立たなかったと思っている科目があるんです。
それは、家庭科。

学生の頃、家庭科はあまり好きじゃなかったんです。一人分で数gの塩を人数分計算して作るような調理実習が特に嫌いだったなぁ。
調理実習で習って、今役立ってることってひとつもない気がします。最低限必要なことは母から覚えたし、応用は自分で身につけたし。

手芸関係の授業も、決まりきった課題を作るのはつまらなかったけど、調理実習よりは自由度があったので嫌いでもなかったかな。図画工作も好きだったから、要はモノを作るのが好きなんだと思います。

編み物はやっぱり母から教わりました。冬になるたびに編み物をする母に纏わりついて編み方を教えてとせがんで、ちゃんと編めるようになったのは、10歳くらいだったかなぁ。
母は夏はサマーセーターやレース編み、冬は棒針やアフガン編みなんかもしてて、一年中何か編んでるような人だったから、編み物は日常生活の一部でした。
「かせ」って言って、片道1mくらいの長さに巻いた毛糸を母が玉に巻くとき、かせを私が両手にかけて手伝うのが、冬の定番でした。それが終わるとココアや甘酒を作ってもらったことなんかも、一緒に思い出されます。

お裁縫も一応やって、簡単な洋服やキルト(パッチワークね)も縫ったけど、それほど好きではなかったかな。
今では数年前からの指先の麻痺で、縫い針を持つのがちょっと難しいんです。なので最近は、極力お裁縫はしていなかったんです。

それがmixiの日記にも書いたように、洋服を加工する必要に迫られて、ちょっと困ってしまいました。まぁ友達の手助けで何とかなりましたが。

ちなみに技術科は結構好きでしたよ。あとになって携帯電話の基盤に半田付けするバイトしてたしね。学研の「学習」と「科学」大好きだったし。
ピンホールカメラなんかにはしゃぐ女の子でしたねぇ。リョータも読者だった?
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# by mukougishi | 2007-06-02 22:58 | emmie
世間は利用し利用され
思い返してみると、ワシも随分他人にとって「都合のいい」人間になっていたものです。

特に仕事関係がそうでした。
安い給料と長い残業でこき使われたシステムエンジニア時代。
「正社員雇用」をニンジンにされて翻弄された東京Webバトル時代。
そして今もそうです。

しょせん世の中はパワーゲームです。
力のない者は力ある者の言いなりになるしかないのです。

そしてそう言っている自分だって他人を利用しているのです。
ワシで言うなら両親。
東京で全精力を使い果たしてしまったワシには、
今生きて行くには両親の厚意は不可欠です。
そう、あんなに忌み嫌っていた両親を利用しているのです。

つまり、突き詰めて言えば、他人にとって「都合のいい人間」でありつつ、
他人を「都合よく」利用していたりもするのです。

今弱っていてちょっと突き詰めて考えると暴走気味になるのでこのへんで。
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# by mukougishi | 2007-05-30 09:07 | ryo-ta
「都合がいい」って?
今回は最初から宣言しちゃいます。
おそらくこのエントリーは、ただの愚痴です。
たまには感情の赴くまま、推敲もせずに書きなぐってもいいかな、とリョータに甘えます。


私は色んな局面で「都合のいい人」にさせられます。

仕事では、少しでも能力を評価されたくて無理を続けるうちに頼られるようになり、表立って文句を言わないから簡単に呼び寄せられて、雇い主の都合でアッサリ斬り捨てられることが何度もありました。

子供の頃は、やはり嫌と言えないまま、課題を写されたり物を貸したり、大人に謝る役回りだったり、何かを奢ったりしたこともありました。

男友達は、彼女ができるとさっぱり連絡が来なくなり、上手く行かなくなると相談相手をし、ダメになって寂しくなると代打のような扱いをされます。

恋人には、最初は降るが如くの美辞麗句と口説き文句が続き、受け入れるようになって私が気持ちを傾けると、相対的にそんな態度が減っていき、気がつけば待つ女になってしまっています。

どいつもこいつも都合よく扱いやがって、と最近も一瞬血が煮えましたが、ふと我に返ったのです。


もしかしたら、私自身が「都合のいい人」になりたがってる?


文句を言えないのは、嫌われたくないからです。
必要と思ってもらいたくて無理をします。
誰にでも優しいと言われるのは、誰にでも好かれたいからです。
もっとも、誰にでも好かれるなんて無理だと思い知って以来、最低限の線引きをするようにはなりましたが・・・。

そうして、自ら「都合のいい人」になることで自分の立ち位置を守っているのかもしれません。
でもときどき、嫌われることや場の空気を悪くすることを恐れて笑うしかなかったあと、どうしようもなく自己嫌悪に陥ることもあります。
そんな自分を理解して包み込んでくれる人が居ないかと考えたりもしますが、それこそ私にとっての「都合のいい人」ですね。

「都合のよさ」とは、一方の要求が通り、一方がそのために何かを飲み込むことかと思います。でもそれは、表面的にはマイナス要素しかみえませんが、場合によるとGive & Take、あるいはマイナスを受け入れている側が呼び寄せているのかもしれません。

答えはもう出てるんです。
「嫌なら嫌って言えば?」

それができないから、これは愚痴なんです。
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# by mukougishi | 2007-05-19 23:42 | emmie
いじめについて
方向性は同じはずなのに、のくだり、共感します。
確かにみんな自説を主張してそれを納得させたいためだけのような気がしますね。
それで小さなテリトリーの中で「王」になりたいのでしょう。

小さな自尊心を守る。
そのためには何だって利用する。
他人を貶めることもする。

今また世間を揺るがしている「いじめ」問題と、
遠いようでどこかで繋がっている感じがします。

あれも自分を守るために「流れ」「ノリ」に流され、
集団心理に手伝ってもらってワルノリして個人を追い込む。
そんな流れのような気がします。

しかも他人とのコミュニケイトの距離を分かっていない。
分かりづらいというのもあるのかも知れませんが。
ちょっとしたことをある時は軽く流し、ある時は激昂する。

ワシが中学生だった頃も大概キツかったですが、
どうして今はこうなっちゃったんでしょうね。
教育改革やらヤンキー先生やら色んなことを言っていますけど、
結局のところ、根本的な解決にはなっていないのではないかなぁという気がします。

このテーマ、書き出すと止まらなくなるのでこの辺にしますが、
ワシが将来、子を持つ親になったとしたら、
少なくとも子供の問題から逃げる父親にはなってはいけませんね。
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# by mukougishi | 2007-05-04 13:06 | ryo-ta
目指すものは同じのはずなのに・・・。
このところ状況や立場が違えど、そんなことをよく耳にします。
私のクワイアの件、リョータのセレッソサポの件、友人のサークルでも取り組み方の違いで溝ができて悩んでいると聞きました。

先日はマイミクさんが、社会現象にもなっているとあるいじめの被害者を支援するコミュニティで齟齬があり、大きな問題になっています。
ネットの特性ですが、議論が極端から極端へ揺れ動き、いじめを受けて自殺した子の親御さんが相手から名誉毀損で訴えられ、被害者側も相手を訴え、それを支援する集まりであったはずが、いじめそのものの構図をなくそうとする活動の結果、裁判を妨害しようとする人たちも現れ・・・。

きっと目的はみんな、いじめによる悲しい結果をなくしたいと願っているのに。
結果的にまた傷つく人が生まれ、誤解と差別も生じて、それもまたいじめとなってしまっています。

私には目的を達成するより、それぞれご自分の論理を通すことが優先されているような気がしてなりません。自分への指摘を理不尽だからと解釈して答えず、声高に相手への要求だけを言い募る・・・。

この事件はあまりに経緯が長く膨大で、全てに目を通していませんので直接コメントをするのは控えました。自分には直接関わりない事件に対して真剣に奔走する友人に、心の中でエールを送ります。
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# by mukougishi | 2007-04-30 10:26 | emmie



へっぽこライターとシロウト小説家の七転八倒徒然草(てか起きろよ)
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