カテゴリ:emmie( 24 )
何から話そうかな。
さぁーってと・・・。

何度「お久しぶりです」って書き出しにしたでしょうねぇ。
もう「ご無沙汰しております」でもいいかも。変わんないか?
とりあえず、ここのログインPWを忘れてなくてよかったw

何から始めればいいですかねぇ。
何せ、まるっと1年余りも空いてしまいました。
この1年・・・そうですね、結構変化はありました。
まずは仕事・・・と言いたいところですが、これは次回へ。
やっぱ恋でしょ?w

おかげさまで順調でございます。
考え方も、嗜好も、色々なタイミングも、我ながらちょっと驚くほどしっくりとします。
イラッとすることがないんですよ。
もしかしたら、恋愛初期の盲目ゆえかなーとも、自分を疑ったりしましたが。
さすがにもう1年過ぎましたしねぇ。
特に、一緒に行動しているときに不快に感じることが皆無、というのが、一番嬉しいことです。

よくあるでしょ?旅行先で普段見えなかった部分が晒されて、険悪になっちゃったりするの。
実際、過去にはそういうこと多かったなぁ。
折角TDLに行ったのに、途中の移動でケンカになって、いざ到着したら口も利かずに別々にインパークした、とか。
少し無理して思い出の場所へ連れてって貰ったのに、全然気持ちが通じなくて泣きながら帰ったとか。
あああ、結構いくつもあったわ。

まるきり気を遣ってないわけではないです。
それはまぁ、どんな人間関係でもね、親しき仲にもってやつで。
でも一緒にいて、とても楽です。
私が笑ってると、彼もニコニコしていて、それを見ている私もニコニコ。
そういう笑顔の連鎖が自然にできてるのが、一番幸せなのかもしれません。
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by mukougishi | 2009-09-28 09:25 | emmie
タイムリーというべきか。
「約束」またひとつ増えました。優しい思い出として残してくれたことに、感謝しています。
これが嘘になるかは、数年後に分かるでしょう。

自分が傷つかないよう慎重になっていくと、その中には猜疑心も生まれますよね。相手の言葉は本当なのか。あるいは、自分自身の気持ちさえも、浮かれているだけじゃないだろうか、なんて。

私も考えます。ひと通りは。
でも続かないんですねぇ。結局、信じた方が楽しいし、幸せなんです。
もちろん、しっぺ返しもありました。学習能力が足りないといえばそれまでですが、感情がブレてこそ私なのかな、と多少開き直りもありで。

これまでいくつも交わした「約束」は、絆が切れた瞬間から叶えられなかった夢となりました。最後の「約束」と一緒に、まだ真新しい傷のように、ふとしたことで触れては泣く日々です。
それでも、この傷は今までよりは早く癒えるんじゃないかと思います。たくさんの傷痕に、手を添えてくれる人が見つかりましたから。
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by mukougishi | 2008-07-24 17:47 | emmie
別れたあとの法則。
春ですね。

リョウタの春は来ましたでしょうか。
前回は失恋に関する話題で、どう返事をしていいのか迷ったまま更新が滞ってしまいました。
私の過去の失恋について話してみようかとも思ったんですが、ちょっと変化球にしてみます。

一応恋愛に絡んでるんですけどね。
どうもこういう話を残る形で書くのは気恥ずかしいんですが、長年の疑問を異性であるリョウタにも聞いてみたいと思います。

私が過去にご縁のあった男性で、喧嘩をしたわけでもなく嫌いになったわけでもなく、疎遠になった人が数人います。大抵は私が別な人のご縁を選んだり、あるいは恋愛感情を続けるのが困難になったケースです。

理由はさまざまですが、その数人が揃いも揃って「それでも僕は君を絶対に嫌いにならない。これからもずっと見守っていくよ」みたいなことを言うのです。
そうして、揃いも揃ってその言葉は覆されます。しかも手ひどい内容で。

ひとりは音沙汰ないなと思って連絡を取ったら、本人の携帯に自称彼女という人が出て、電話もメールも全て私が抑えているから無駄よ、と高らかに宣言されたあと、害虫のように罵られたり。
あるいはやはり音信が途絶えたあと、相手の地元へ行く用事があったので食事でもと連絡したら「俺は穴埋めか」と吐き捨てられたり。
はたまた穏やかで優しい人柄はどこへ行ったのかと驚くほど、手のひらを返すように嘲笑してきたり。

男性が全員そんな人ではないとは思いたいのですが、何せ似たパターンをいくつも踏んできただけに、男性の別れ際の言葉は信用ならざるものなのか、と考えています。

そして今、恋愛関係ではありませんが親しい男友達が「どんなことになっても絶対に君を嫌いになることはない」と言います。
恋愛感情が絡まなければ信じてもいいのか、それとも男性のそういった未来への約束は信じない方が得策なのか。

私に何か、彼らの感情を逆撫でする要因があるんでしょうかねぇ・・・。
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by mukougishi | 2008-03-28 16:16 | emmie
青春アミーゴ。
ハチクロの「青春スーツ」は恋愛に限ったものじゃなくて、若いもんの純粋さや至らなさとか、大人になってから見ると青くさくて恥ずかしい一連のもの、だと思ってたわ。6巻で野宮さんが「脱ぎ捨てた」と言ってたしね。
って読んでない人には分かんないか。

私は「脱ぎ捨てようとしてる途中」かなぁ。まだ足元に纏わりついてるような。確かに思いっきり装着中の人を見てると酸っぱくて堪らなくなったりするけど、まだ自分も抜けきってないなーと思います。

私の恋愛は知ってのとおり、相手に合わせてぐだぐだです。嫉妬もするし独占欲もあるしのに、ギリギリまで相手の要求に合わせようと頑張って、我慢しきれなくなると爆発。上手いこと小出しにしていけばいいものの、上手く調整できません。そうしていつも二択をしています。

できない(受け入れられない)からやめるのか、それでも続けたいか。

後者を選び続ける限り、相手を受け入れ続けることになります。無論自分の意見も言うけどね。

よく女性の意見として、相手の言いなりだの都合のいい女になりたくないだのって聞きますが、それってどういう意味なんだろうと思います。自分主導じゃないから?相手が思うとおりにならないから?
だってそれでも「続ける」選択をしているのは自分でしょう。一緒に居たいけどどうしてもそこは嫌と思うなら、話し合えばいい。相手と一緒に居るよりそれが嫌だという気持ちの方が強ければ、やめればいい。受け入れることもできずやめることもできず、ただ文句を言う貴女には、本当に相手を想う愛情があるの?自分の思うとおりの恋愛がしたいだけじゃないの?と思ってしまいます。

愛は基本的に与えるものだと思うんですけどね。欲しがるものじゃなく。
そうは言っても、私だって愛情は欲しいですよ。男女の間で「何も要らないわっ!」までは悟れません。だから嫉妬もするんだし。
でもせめて、与えられる愛情は全部差し出そうと思います。それから前出の二択。
人によってはそこに「プライド」なんかも混じってきて、なかなか思うようには行かないでしょうね。でもそれでいいんじゃないかな。

あぁ、やっぱり私もまだ「青春スーツ」脱ぎきってないわ。ね、アミーゴ。
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by mukougishi | 2007-11-05 18:43 | emmie
都会の喧騒と静寂。
なんだかいかにも青春の美しい1ページですね。リョータにも青春スーツ着込んでた頃があったと。思い返すと甘酸っぱいというより、甘じょっぱいような。

大人になるにつれ、夏の思い出はなんだか苦味が残るような気がします。甘苦い、ですね。
先日行った東京も、そんな気がしました。

毎日週間予報とにらめっこしても、30度を超えるのは確実だった今回の滞在は、暑さに体力を奪われることとの戦いでもありました。いつ行っても、東京のねっとりとした暑さには慣れません。
私が住む街も、北海道にしては破格に暑い地域ですし、ときには湿度の高い日もあります。でも東京のそれは質が違うんです。
身体にまとわりつくような、じっとりとした空気。ゴミやどぶの匂いが混じったような仄かな臭気。人混みから排出される人いきれが見えるようで、佇んでいるだけで眩暈がしそうでした。
って、こんなに言うと東京の人に叱られるかも。

東京近辺に居を移したいと考えている私にとって、この気候と空気が何よりのネックです。次に徒歩かな。田舎よりずっと歩きますしね。

これまでの数回に渡る上京で、いろんな街を見てきました。
一番多かったのは川崎、横浜。ってこれは東京じゃないですね。
六郷はちょっとピンポイントすぎですが、品川、新宿、渋谷、恵比寿、池袋、新橋、ってところでしょうか。
今まで、山手線の右側にはあまり行った事がなかったんですよ。右側って言い方で分かるのかな。それで今回は、浅草へ行ってきました。

前日の渋谷の人の多さにも疲れましたが、連休中の浅草はすごかったです。
わざわざお台場から水上バスに乗ったまでは、そうでもなかったんですけどね。ハチクロのワンシーンを思い出しつつ川上りを楽しんで、着いた浅草は本当に黒山の人だかりでした。場所柄外国人も多いですね。人がどやどやと流れているような仲見世で、連れにはぐれないよう必死でした。

元々、観光でもろくに歩けなくて、ほとんど見て回れないままになることが多いので、今回の浅草は人力車でざっとポイントを回ろうと最初から考えていました。
雷門前にたくさんいる車夫さんの中から感じのよさそうな人に話しかけて、コースを相談。1時間ほどかけて、少し離れた今戸神社を回り、浅草寺に戻ってもらうことにしました。
今戸神社って、沖田総司終焉の地って説がある場所です。千駄ヶ谷説もあるんですけどね。
プチ幕末ファンの私の強い希望で決めたコースだったんですが、興味深いことがありました。

浅草の駅前から浅草寺、仲見世とものすごい人混みなのに、人力車で(早歩きくらいの速度)15分も離れると、ごくごく普通の住宅街でした。本当に、つい目と鼻の先にあれだけの喧騒があるのに、公園があって学校があって、人影もまばらなくらい。今戸神社に至っては、訪問者は私たちだけ。なんとなく空気も他よりきれいな気がしました。
おかげで静かにお参りできましたけど。
今戸神社は縁結びとしても有名らしく、絵馬がまん丸でした。ご縁に角を立てないってことらしいです。ここで生まれたという招き猫の小さなお守りを買って帰りました。

浅草へ行った日はまだ涼しかったんですけどね。リョータに会った池袋は本当に暑かった・・・。
元々できるだけ暑さを避けるように過ごしているので、長時間暑さに晒されて汗をかき続けるってことが、ほとんどないんです。
おかげで自分への東京土産は、浅草で買った念願の新しい柘植櫛と、首の後ろにできたあせもです。
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by mukougishi | 2007-10-05 15:34 | emmie
柔らかな景色。
気がつけば最後のポストが6月末・・・。もう夏も終わろうとしてますね。
このブログの存在を忘れたわけじゃないんですよ。RSSに鎮座してますし。ただ、仕事で文章書きに追われてるせいか、私文を書く意欲が湧かなかった・・・。申し訳ありませぬ。

さっきリョータと風景の話をしていたら、記憶のずーっと底の方に仕舞い込んでた古い風景が、紙芝居みたいにどんどん溢れてきたので、今日はそんなお話を。

いつまでも記憶に残ってこんな風に思い出されるのは、とっておきの思い出や旅行の景色ではなくて、日常生活でいつも見ていたものばかりです。

小さいころ、小学校の目の前に住んでいて、大きな道路を隔てて向こうに校舎が見える、公営住宅の公園でよく遊んでいました。学校のチャイムが時計代わりで、10歳くらいまでは毎日薄暗くなるまでそこで過ごしていたものです。
市内の反対側にある工場で働くパートのお母さんたちを乗せたバスが、学校前にやってくるのが夕方の5時半。それが帰宅の合図でした。

4つ並んだブランコ、最後まで一番上には登れなかったジャングルジム、色褪せたシーソー。
その公営住宅が再開発されると聞いて、5年位前に車でふらりと訪れました。
ブランコは相変わらずあったけれど、座る部分が樹脂製に変わっていました。誰もいなかったので、そっと座ってこいでみると、小さいころはうんと高くなるまでこいで、靴を飛ばして誰が一番遠いか、なんて競ったのを思い出しました。
あの頃と同じ夕焼けは記憶のままだけど、オレンジ色に染まる校舎の屋根の色は変わっていて、私ももう小さな女の子ではなくて。ブランコに少しだけ酔った気がするのが、ちょっと悔しかったな。

その後引っ越した家のすぐ隣が、最初の二年だけデントコーンという飼料用の背の高いトウモロコシ畑だった頃、二階の窓から見た景色や、初めて好きになった人と、手も繋げないまま歩いた帰り道。
彗星を探して歩いた堤防と、私を守ろうとしてくれた手。たった一度しか歩いていない坂道から見えたオレンジ色の木の実。小さなお店が立ち並ぶ長い商店街を抜けて、細い路地に居る猫たちを教えてくれた、背の高い人。

そんな自分だけの暖かい景色を、リョータも持ってますか?
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by mukougishi | 2007-09-05 21:46 | emmie
宇宙に触れる。
プラネタリウムありますわい。
ただ、地元のプラネタリウムは、最後に行ったのが8年くらい前かも・・・。よくあると思いますが、地元の青少年科学館みたいな市営の施設内にあります。なので教育的側面が強く、娯楽色は薄いですね。

去年、お台場にあるプラネタリウムに行ってきました。
本当は日本科学未来館にあるドームシアターで「MEGASTAR-Ⅱcosmos」を体験したかったんです。500万個の星空ってどんなだろう。
でも整理券の発券時間に間に合わず、メディアージュにある小さなプラネタリウムに行ってきました。場内がかなりコンパクトで、投影装置がとても小さくて、あまり期待してなかったんですが、最近の傾向なのかとてもドラマチックなプログラム構成で楽しめました。

アトラクションとしては十分楽しめたんですが、私の中で最も美しかった星空は、数年前に訪れたキャンプ場で見たものです。
小高い山の上にあるキャンプ場で、管理が厳しいせいか夜も静かでした。夏とはいえお盆を過ぎると夜は肌寒く、ホットコーヒーを淹れてふと見上げると、そこには「降るような」という形容がピッタリの、満天の星空。しばし呆然とした後、思い立ってレジャーシートを芝生に敷き、ごろりと横になって星空の世界を満喫しました。
すごいですよ、視界全てが星空だと、自分が浮いてるような錯覚に囚われます。子供の頃誰にも言わずに自分の中に仕舞っておいた未来への夢を思い出して、ずっと星の世界に身を委ねて漂ってました。

500万個の星を投影するプラネタリウムは、あの空に匹敵するのかな。
機会があれば今度こそ訪れてみたいと思います。
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by mukougishi | 2007-06-18 07:50 | emmie
私にとって全く役に立たなかった科目。
前回はちょっとネタチョイスを誤った感が漂いすぎでした。グダグダ気分のまま書ききってしまって申し訳ない。
今回はmixi連動企画?です。本日付のmixiの日記を書いていたら、前フリが余りにも長すぎてどっちが本編か解らなくなったので、思い切って前フリ部分をスッパリ切り取って前後書き足して、コチラに掲載してみました。

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学生時代の勉強は、社会に出てから何の役にも立たない、ってよく言いますね。
私は直接生活の役に立つ機会はなさそうな勉強も、意味はあると思っています。その件を書き出すと長くなるので、別の機会に。

でも私にとって、今に至るまで全く役に立たなかったと思っている科目があるんです。
それは、家庭科。

学生の頃、家庭科はあまり好きじゃなかったんです。一人分で数gの塩を人数分計算して作るような調理実習が特に嫌いだったなぁ。
調理実習で習って、今役立ってることってひとつもない気がします。最低限必要なことは母から覚えたし、応用は自分で身につけたし。

手芸関係の授業も、決まりきった課題を作るのはつまらなかったけど、調理実習よりは自由度があったので嫌いでもなかったかな。図画工作も好きだったから、要はモノを作るのが好きなんだと思います。

編み物はやっぱり母から教わりました。冬になるたびに編み物をする母に纏わりついて編み方を教えてとせがんで、ちゃんと編めるようになったのは、10歳くらいだったかなぁ。
母は夏はサマーセーターやレース編み、冬は棒針やアフガン編みなんかもしてて、一年中何か編んでるような人だったから、編み物は日常生活の一部でした。
「かせ」って言って、片道1mくらいの長さに巻いた毛糸を母が玉に巻くとき、かせを私が両手にかけて手伝うのが、冬の定番でした。それが終わるとココアや甘酒を作ってもらったことなんかも、一緒に思い出されます。

お裁縫も一応やって、簡単な洋服やキルト(パッチワークね)も縫ったけど、それほど好きではなかったかな。
今では数年前からの指先の麻痺で、縫い針を持つのがちょっと難しいんです。なので最近は、極力お裁縫はしていなかったんです。

それがmixiの日記にも書いたように、洋服を加工する必要に迫られて、ちょっと困ってしまいました。まぁ友達の手助けで何とかなりましたが。

ちなみに技術科は結構好きでしたよ。あとになって携帯電話の基盤に半田付けするバイトしてたしね。学研の「学習」と「科学」大好きだったし。
ピンホールカメラなんかにはしゃぐ女の子でしたねぇ。リョータも読者だった?
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by mukougishi | 2007-06-02 22:58 | emmie
「都合がいい」って?
今回は最初から宣言しちゃいます。
おそらくこのエントリーは、ただの愚痴です。
たまには感情の赴くまま、推敲もせずに書きなぐってもいいかな、とリョータに甘えます。


私は色んな局面で「都合のいい人」にさせられます。

仕事では、少しでも能力を評価されたくて無理を続けるうちに頼られるようになり、表立って文句を言わないから簡単に呼び寄せられて、雇い主の都合でアッサリ斬り捨てられることが何度もありました。

子供の頃は、やはり嫌と言えないまま、課題を写されたり物を貸したり、大人に謝る役回りだったり、何かを奢ったりしたこともありました。

男友達は、彼女ができるとさっぱり連絡が来なくなり、上手く行かなくなると相談相手をし、ダメになって寂しくなると代打のような扱いをされます。

恋人には、最初は降るが如くの美辞麗句と口説き文句が続き、受け入れるようになって私が気持ちを傾けると、相対的にそんな態度が減っていき、気がつけば待つ女になってしまっています。

どいつもこいつも都合よく扱いやがって、と最近も一瞬血が煮えましたが、ふと我に返ったのです。


もしかしたら、私自身が「都合のいい人」になりたがってる?


文句を言えないのは、嫌われたくないからです。
必要と思ってもらいたくて無理をします。
誰にでも優しいと言われるのは、誰にでも好かれたいからです。
もっとも、誰にでも好かれるなんて無理だと思い知って以来、最低限の線引きをするようにはなりましたが・・・。

そうして、自ら「都合のいい人」になることで自分の立ち位置を守っているのかもしれません。
でもときどき、嫌われることや場の空気を悪くすることを恐れて笑うしかなかったあと、どうしようもなく自己嫌悪に陥ることもあります。
そんな自分を理解して包み込んでくれる人が居ないかと考えたりもしますが、それこそ私にとっての「都合のいい人」ですね。

「都合のよさ」とは、一方の要求が通り、一方がそのために何かを飲み込むことかと思います。でもそれは、表面的にはマイナス要素しかみえませんが、場合によるとGive & Take、あるいはマイナスを受け入れている側が呼び寄せているのかもしれません。

答えはもう出てるんです。
「嫌なら嫌って言えば?」

それができないから、これは愚痴なんです。
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by mukougishi | 2007-05-19 23:42 | emmie
目指すものは同じのはずなのに・・・。
このところ状況や立場が違えど、そんなことをよく耳にします。
私のクワイアの件、リョータのセレッソサポの件、友人のサークルでも取り組み方の違いで溝ができて悩んでいると聞きました。

先日はマイミクさんが、社会現象にもなっているとあるいじめの被害者を支援するコミュニティで齟齬があり、大きな問題になっています。
ネットの特性ですが、議論が極端から極端へ揺れ動き、いじめを受けて自殺した子の親御さんが相手から名誉毀損で訴えられ、被害者側も相手を訴え、それを支援する集まりであったはずが、いじめそのものの構図をなくそうとする活動の結果、裁判を妨害しようとする人たちも現れ・・・。

きっと目的はみんな、いじめによる悲しい結果をなくしたいと願っているのに。
結果的にまた傷つく人が生まれ、誤解と差別も生じて、それもまたいじめとなってしまっています。

私には目的を達成するより、それぞれご自分の論理を通すことが優先されているような気がしてなりません。自分への指摘を理不尽だからと解釈して答えず、声高に相手への要求だけを言い募る・・・。

この事件はあまりに経緯が長く膨大で、全てに目を通していませんので直接コメントをするのは控えました。自分には直接関わりない事件に対して真剣に奔走する友人に、心の中でエールを送ります。
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by mukougishi | 2007-04-30 10:26 | emmie



へっぽこライターとシロウト小説家の七転八倒徒然草(てか起きろよ)
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