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何故歌うんだろう。

私はどうやってずっと歌ってきたんでしょうね。過去を整理してみます。

前のポストで書いた幼稚園デビューは数に入れないとして、歌うということを意識しだしたのは、小学校4年生から学校の部活動で合唱部に入ってからでした。
合唱部の晴れ舞台としてNHKの全国合唱コンクールがあるのですが、それの地方予選突破常連校でした。無論部員数も多く、確か100人近く居たかな。練習も厳しくて、朝練はグラウンド2周のランニングから始まって、柔軟、腹筋とこなしてようやく発声練習。ここで調子が悪いパートは昼休みも練習があり、放課後もびっちり。夏冬休みもやってた。
厳しい先生だったけどとても真剣な人で、歌うことの楽しさを教えてもらいました。

6年生のとき、NHKコンクールの自由曲にアカペラの黒人霊歌を歌って、小学生が合唱でアカペラ!?と審査員を驚かせたそうです。それが今のルーツになるとは、当時は考えるはずもないですね。

進学先の中学校も合唱に力を入れていました。合唱部には入りませんでしたが、毎年行われる校内のクラス対抗コンクールがあり、更に卒業式に在校生全員で「ハレルヤ」を歌う伝統がありました。ここでもゴスペルに触れることになるわけです。

高校では中学時代の部活を引き継ぎ、このあたりから歌と遠ざかっていきました。
ただその後の仕事も含め、ずっと人前で声を出すことだけは続けていました。でも歌うのは時々のカラオケ程度。ご承知の通り入退院を繰り返す生活で昔鍛えた腹筋はどこへやら、全く声が出なくなっていました。

ゴスペルとの再会は、友人がきっかけでした。
友人が所属するゴスペルクワイアのライブを見に行き、すっかり魅了されて観客席で歌い、友人に頼んで練習を見学に行ってそのまま参加してしまいました。2005年7月のことです。
それから1年経って、ようやく自分が「何故歌うのか?」を考えるようになりました。
確かにストレス解消の側面はあります。その理由も含め、私もりょーたのように「歌う」という手段をたまたま選んだだけ、のような気がします。

ゴスペル最大の目的である「神様への賛美」については、まだ神様を、キリストの存在を信じることが出来ない私に語る資格はありません。
私がゴスペルという手段を通して行っているのは、自分が抱いている愛と感謝を表現することなのかな、と思います。
歌っていると、自分の中に溜まっているドロドロとした醜い感情が浄化されるような気がします。代わりに、私を取り巻く全てのものへの感謝でいっぱいになれるんです。これがストレス解消いうか、歌うたびに心を洗っているような気がします。

でも好きになればなるほど欲も出てきて、まだまだひよっ子の私は上手くなりたくて仕方がないという側面もあります。自分が伝えたい想いを乗せるだけの声がない。もっともっと、ココにはたくさんの想いで詰まっているのに、それ以前にクリアすべき発声や発音で四苦八苦しています。

こう振り返ってみると、私の歌はずっと誰かと共にあるものでした。ピンでやってたことがないですね。これも運命でしょうか。
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by mukougishi | 2006-08-26 12:23 | emmie
歌うことについて
「即興」であれだけ書けるのはさすがですね。
確かにコンサートの盛り上がり方って地域性があるよね。地元出身のバンドが凱旋公演してくれたら大盛り上がりとか。大阪からも数多くのミュージシャンが世に出てるから余計にね。

で、歌うことについて。

その前に、ワシのバッググラウンドを書いておきましょうか。
ワシは大学の頃にヴォイストレーニングを始めまして、色々中断期間はあったものの、去年の暮れから再び本格的に再開した次第です。

小学校時代にカラオケに行ったことは勿論あるのですが、自分が本格的に歌いたい! と思ったのは高校の時でした。
高校の音楽の授業で「発表会」というのがあったんです。友達連中とバンドを組んで、好きな曲を演奏するってヤツです。そこでウチらが選んだのがBeatlesの「Love me do」。ワシはなんといきなりドラムを叩きながらヴォーカルをやるという暴挙に出たのです。ドラムの方も超初心者なのに、しかも歌うなんて…と、友達からは随分止められたものです。
それでも発表会を敢行して…多分それからですね、「自分は"歌える人"なのかも知れない」と思ったのは。

高校時代は、結局大学受験に追われてしまったのでそれっきり。大学に進んでから、軽音楽サークルに入ったんです。
最初はドラムだったんです。でも組んだバンドのヴォーカルがめちゃくちゃ気持ち良さそうに歌っているのを見て「ああ、やっぱりワシも歌いたいなぁ」と思って、ヴォイストレーニングに通うようになったんです。当然そのバンドは抜けて、ほとんど歌のレッスンに時間を費やしたって感じです。
その頃に録音したテープを最近よく聴き返してるんですけど、今もまだまだだけど、声が若いし細いなぁーと頭を抱えてしまいます。高音も全然出てないし。

何においてもそうだと思うんですけど、自分が進歩したい、うまくなりたいって思うかぎり、自分自身に満足することはないのかも知れません。あれこれ分かって来ると、自分の悪い所もまた見えて来るものでね。

よく歌うことを「ストレス発散」と捉える人がいますよね。でもワシの場合はそうじゃないんです。少なくとも、そういうことを主眼としてないというか、それを目的にしてないというか。
じゃあなんなんだ、と訊かれると…難しいなぁ。不遜な物言いですが、生きることと同じ意味なのかも知れません。あんまり深く考えたことはないのですが、もう生活の中に歌が入り込み過ぎてるので、自己分析のやりようがないんですよね。

さて、えみは何故歌うのですか?
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by mukougishi | 2006-08-20 19:11 | ryo-ta
ふるさとに根っこ生やしてます。
まずは最初に一言謝ります。
先日来ノートPCが起動しなくなり、プライベートなデータが閲覧できなくなってしまいました。
ここに掲載するためのネタストックもその中に・・・。
なので今回は完全に即興です。ポストが遅れたことも同時に謝罪致します。

私は生まれも育ちも北海道です。親に転勤もなく、市内で引越しをしたことがありますが、ずっと生まれた街に住んでいます。
この街を出るかもしれなかった機会は、一度ありました。大学進学のときです。4大進学希望でしたが家庭の事情により断念し、そのまま就職してしまってそれっきりです。

今後この街を出ることも、もしかしたらあるかもしれません。
その話はまた別の機会に。

この街は、ちょっと不思議です。
北海道の地方都市で、周辺の中核を担っています。
周りは観光地だらけで、車で30分走れば温泉地へたどり着けます。半径1時間圏内に有名な観光地がたくさんあります。そういったところは全国的に有名ですが、私が住んでいる街の名前を知っている人は少ないと思います。知っているとしたら元々縁があるのか、北海道に詳しい人だろうというくらいです。
そんな訳で、私は「ふるさとを懐かしむ」という感情を知りません。遠出して帰ったとき、「ああ帰ったなぁ」と思うくらいでしょうか。
この街を離れることになったとき、私の中にどんな感情が流れるんでしょうね。

特に特徴もなく、近隣の商業中心地であり、郊外には畑作も多くあります。
そうそう、住人の人となりとして、昔から言われていることがありました。

「コンサートが盛り上がりにくい」

どうやら、ノリの悪い土地柄のようです。ここでコンサートを行って盛り上がったらかなりレベルが高い?などど、まことしやかに言われています。真偽のほどはわかりませんが・・・。

そんな、生活に困るほどド田舎でもなく、かといって都会でもないこの街でのんびりと育ちました。私の根本にある楽観主義は、土地柄かもしれません。

コンサートといえば、記憶にある初めてのコンサートが、実は参加する側でした。
幼稚園のとき、合唱隊として参加したのが初コンサート体験でした。このことはすっかり忘れていて、今書きながら思い出したくらいです。以来ゴスペルを歌うようになった今に至るまでずっと、私の生活には常に歌があったんだなぁと再確認しました。

りょーたが歌うことを始めたのは、いつごろからですか?
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by mukougishi | 2006-08-17 17:55 | emmie
ふるさとについて
ふむ。チャットルームの件か。すっかり忘れてました。何か随分昔の話のような気がします。
「戦友」とはさすがに上手い表現をしますね。ラブラブカップルの交換日記って思う人いるのかな? それはそれでネタになって面白いかも。

さて、このポストからが実質上の本番です。
どういう風に始めるかなぁ? と悩みましたが、とりあえずは標題のテーマで行ってみましょう。

まずは自分のことから、ですね。
ワシは生まれも育ちも大阪です。結構な数で引っ越しはしたんですが、全部大阪府内で、です。だからつい最近まで大阪以外のところに住んだことがありませんでした。
長年同じ所にいると、勿論ふるさとへの愛着は湧きます。特に大阪は、根強い東京への対抗心とも相まって、強烈な地元意識と愛着心を抱く人がほとんどのように思えます。
ただ、そのふるさとの悪いところが一緒に見えて来てしまうのも確かなんです。

これワシの持論なんですけど、大阪って「日本最大の田舎町」だと思うんですよね。
東京は日本全国から色んな人たちが来るので、まぁいわば移民の街というか、ごった煮という色合いが強いんです。住んでみて、それが良く分かりました。
それが大阪になるとちょっと話が違うんです。一見同じように見えますが、大阪には圧倒的な数で土着民が多いのですよ。大阪を愛し、大阪から離れようとしない土着民。その人たちが行きつく先は「よそものの排斥」です。信じられないでしょうけど、本当にあるんですよ? 一見フレンドリーに見えるんで分かりにくいでしょうけど、それでも「ああ、自分大阪ちゃうねんなぁ、よそ者やねんなぁ」みたいにクールに見てて、ある一線を越えては絶対に付き合おうとしないんです。

ワシが大阪を出てしまったのは、そのへんの窮屈さもあったからなんですよね。その感覚が薄れない内に飛び出してしまおうと思ったからなんです。
東京に移ってからも、大阪のことは絶えず気にはなってます。阪神タイガースは変わらず好きだし、たまに大阪のお好み焼き屋を見つけると嬉しくなって入ってしまいます。
それでも、まだ当分は東京で勝負かな、と思っています。先のことは分かりませんが。

えみは北海道から出て移り住んだことはなかったんでしたっけ? 大阪と北海道じゃまた事情も違うだろうけど、そのへんはどう考えてますか?
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by mukougishi | 2006-08-14 22:37 | ryo-ta
初めましてのご挨拶。
このブログに立ち寄ってくださった方、ありがとうございます。
emmieと申します。
えみ、えみぃ、えみー、呼び方はここら辺で結構です。
本名は「恵美」と言います。emmieは子供の頃からの愛読書である「赤毛のアン」に由来します。ストーリーをご存知の方も多いと思いますが、ざっとかいつまんでお話します。

生まれてまもなく両親と死別し、孤児院で育ったアンは、「想像力」で孤独に耐えていました。戸棚のガラス戸に映る自分や、谷のこだまに名前をつけて友達と呼ぶアン。孤児ではありませんが、子供時代に孤独を感じて育ち、想像と本の世界に生きていた頃のある私は、猛烈に共感していました。
アンが、「自分の名前が平凡でつまらないからコーデリアと呼んで欲しい」というくだりがありますが、無論周囲の大人たちからはくだらないと一蹴されてしまいます。それでもアンは「じゃあせめて綴りは後ろにeがつく"anne"でお願い」と譲らないのです。

そんなアンの「腹心の友」になりたくて、いつからか私の名前の綴りは"emmie"にしようと決めていました。以来、インターネットでハンドルネームを初めて使ってから今まで、ずっとemmieです。

このブログの相方であるryo-taとは、某所のチャットルームで知り合いました。時々話す頃から言葉のカンが鋭い人だなとは思っていましたが、親密に話すようになったのは、ちょっとした偶然の作用でした。

当時出入りしていたチャットルームは、ユーザーが部屋主になって自由に部屋を作ることができました。私も自分の部屋を作っていた頃がありました。お陰様で沢山の方に来て頂きましたが、部屋主が女性と知ると無遠慮な突撃をしてくる人があとを立たず・・・対応が嫌になって、そのうち自分の部屋を作ることをやめてしまいました。

そのことに気付いてくれたryo-taも自分の部屋がありましたが、彼は逆に訪問者が少ないと言います。ここに利害関係が一致して、私が人寄せ、ryo-taが用心棒という2人の部屋主でユーザールームを始めたのです。

それから先は、散々話しました。チャットやメッセンジャー、Skypeで何時間も。
私が発する言葉の意図を、スッと汲んでくれて響くように返事を返してくれるやりとりが楽しくて楽しくて。あっという間に本音トークになるものだから、ぶつかることもよくあります。
真逆と言ってもいいほど性格は違うのに、考え方の根っこや物事を受け取る感性がとても近いのかもしれません。
そんな二人のやりとりを、もうちょっとちゃんと残してみようと始めたのがこのブログです。

男女のブログと知って、ラブラブカップル交換日記と思った方は残念でした。
私たちは「戦友」です。
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by mukougishi | 2006-08-14 13:28 | emmie
自己紹介&趣旨説明
はじめまして。ryo-taと申します。
「りょーた」と読みましょう(強制かよ)。
東京在住の関西人♂です。
一人称は地のまんま「ワシ」で行きます。よろしくお願いします。

このブログの「言い出しっぺ」はワシです。
思うところがあってブログの見直しを色々考えていたのですが、
独り語りのブログもいいんだけど、
(それが大多数だと思いますが…てかそれもワシはやってるんですが)
こう気のおけない人とやる「言葉のジャムセッション」みたいなことはできないかなーと
ふと思ったんですね。
単なる交換日記ではなく、お互いの意見交換の中で何かの化学反応が生まれるような…

でも、まずは乗ってくれる人探さないとなぁと思って、
しょっちゅうMSNメッセンジャーで喋っているemmie(以下えみ)に話を持ちかけてみたのです。
多忙な人だからどうかな、と思ったんですが「面白そうだねー」と意外に乗り気!
不定期の更新ペースで気楽に行きましょーってことでおっ始めることになりました。

なんでこんなタイトルにしたか。勿論理由があります。
生まれた年は同じ1970年なのですが、
(彼女は早生まれなので学年は1つお姉さんなんですけど)
えみとワシの関係を考える上で「対岸」というキーワードがどうしても欲しかったんです。
まず性別が違うし、住んでる場所が離れてるし(北海道と東京都)…
などなど、枚挙に暇がありませんが、
要は普通に考えたら交わることのない、
「対岸で相手の様子をうかがっている者同士」って感じに思えるんですよね。
でもちょっと笑いも取ってみたかったので「何をする人ぞ」と付け加えてみた次第です。

えみとは色んなことを話して来ました。
お互いについて言いたいことを言い合って来たもんですから、
喧嘩寸前になったこともありますねぇ…
でもかなーり面白い会話になってたよな、と振り返って思います。
そういうことをブログで書いてみたら面白いだろうなぁと企んだわけです。

えみの人柄に助けられる部分はかなりあるかと思いますが、
とりあえず舟を進めてみます。
皆様におかれましては、よろしければお付き合いくださいませませ。
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by mukougishi | 2006-08-13 18:20 | ryo-ta



へっぽこライターとシロウト小説家の七転八倒徒然草(てか起きろよ)
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